本書の著者は、密教学研究者として大学教員を務め、並行して高野山真言宗の僧侶としての活動もされていた方である。加えて高野山の街の御出身でもあるという。色々な意味で「高野山の人」ということに、否、「高野山の人そのもの!!」と言ってしまって差し支えないかもしれない。そういう方の、朗々とした肉声が聞こえるような、スッキリしていると同時に重厚な感じの読み易い文体で、少し難解であるかもしれない事項も慣れた様子で一般読者向けに説きながら折り重ねられるエッセイが多く収められている。それらのエッセイは一冊全体に巧みに散らされ、何やら「高野山を巡る小百科事典」という内容になっている。 豊かな内容を「小百科事典」と形容はしてみたが、それは飽くまでも豊かな内容の譬えに過ぎない。百科事典のような何かの説明に終始するという感の文章ではなく、「高野山の人」たる筆者の肉声が感じられるような、情感溢れる魅力的な文章が満載であると思った。 「開創千二百年を迎える高野山」と注目されたことを背景に上梓された本書であるが、弘法大師こと空海が真言密教の道場を開創したのは816年と伝えられる。そんな頃から、「営々と歴史が…」ということを「少し凄い…」とは思うのだが、「如何様な歴史?」というのはよく判らないかもしれない。本書はそういう疑問への回答ともなっているが、「現在でも営々と続く“高野山”の営みや自然」にも言及され、大変に好い一冊になっていると思った。