ヒトの脳には文法装置がある

私は、人工知能の研究をしていた1980年代初頭、チョムスキーの「生成文法理論」に惹かれた。いまも「知能」の定義は確定していないが、はたして人類は自身の「知能」を定義できるか。科学的に比較対象となる異星人の存在が必要ではないか――そうした哲学的な思索の道標となったのが、生成文法理論だった。 著者は、言語脳科学者の酒井邦嘉さん。同い年の酒井さんの目から見たチョムスキー理論を読み、当時の思索を再び思い出した。この間、私は子育てを通じて、生成文法理論の確からしさに納得感を得た。 生成文法理論によれば、あらゆる言語が再帰的な木構造をもち、有限状態オートマトンでは扱えないという。情報理論や人工知能を学んだ者として、これも確からしいという実感がある。 人間の脳に対してfMRIを使った酒井さんらの研究によると、文法装置がブローカ野を含む左下前頭回にあることが分かってきた。さらに、人間の脳は初めから多言語を獲得できるようにデザインされており、同じフレーズを繰り返し聞けば、マルチリンガルも夢ではないという。 最後に酒井さんは、「科学の進歩に求められるのは、相手を負かすための論争(ディベート)やポジショントーク(自分の立場を利用して自分に有利になるように発言すること)では決してない。真理のためにお互いの考えを深めていく議論(ディスカッション)こそが、科学の推進力だ」と締めくくる。まったく同感である。