スズキ&ヨシムラ
RACERS(volume 05)を、遅れ馳せながら購入。1985年にデヴューした
GSX-R750レーサーを特集した号だ。1985年、新開発の油冷エンジンで
AMAスーパーバイク、世界耐久選手権、そして日本のTT-F1と鈴鹿8耐に
チャレンジした歴史を振り返っている。スズキとヨシムラのタッグで4スト
レーサーの究極を目指していた当時を、事細かく記している。豊富な当時の
写真とデータ、辻本聡、ケビン・シュワンツ、そして吉村不二雄氏への
インタビューと念入りな取材を改めて敢行しているところが心憎い。
またシュワンツ氏のインタビューで「鈴鹿にリベンジしたい」という
言葉があったが、2013年、彼は実際に鈴鹿8耐にエントリー、3位入賞して
いる。彼の言葉に偽りはなかったのであるから、この言葉を引き出した
RACERSの編集者は、してやったりだっただろう。
さて、僕自身は今まで一度もスズキのバイクを買い求めた事はないが、
この頃のGSX-Rだけは今も憧れがある。
この号も読みごたえバッチリです!
以下、余談。
関東系のレーシングチームであるヨシムラ。関西ではヨシムラのレーシング
マシンを見る機会は、なかなか無いものだ。憧れはある。でも身近ではない。
1986年、免許もないチャリダーだった僕は、関西で唯一ヨシムラGSX-Rを
間近で見られる場所に自転車で何度か見に行った。
そこは、阪急芦屋川駅の東側にあった小さなレーシングパーツショップ。
Zパーツ。
このお店の店主は、千石清一さんだった。そうです、1986年、チームシンスケの
ライダーであった千石さんの店である。初めて行ったのは86年の鈴鹿200キロの
直前だったと記憶している。千石さんもカッコ良かったが、ヨシムラGSX-Rの
アルミフレームの眩しかった事を今でも鮮明に覚えている。
この年、千石さんの応援をするべく鈴鹿8耐を観戦しに行ったが、残念ながら
レース序盤で転倒リタイヤとなった。一年落ちのマシンとはいえ第一ライダーの
大塚茂春さんがスタートから一時間を10位あたりで走っていたと記憶している。
その前を走っていたのは、各メーカーの最新のワークスマシン達であるから、
いいマシンだったんでしょうね。
添付の写真は、そのチームシンスケのGSX-R。当時の写真が残っていたのでUP。
色褪せる事の無い、輝ける青春の1ページです。
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