「教科書に名前が載っている昔の人物」ということになる空海は弘法大師の諡号でも知られ、俚諺のタネにもなっていて、民間信仰の対象にさえなって今日も「生きている」とも言えるかもしれない人物だ。が、「何者?」とでも問われると、とりあえずは「平安時代の初め頃に幅広い活躍を見せた文化人。僧侶」とでも言う他にない。一口に説明し悪い訳だ。 この空海の、恐らく御本人も最も重要視していたであろう“本業”は「密教の祖師」であり、密教を巡ってその考えを纏めた著作が色々と在るという。本書の著者は、仏教関係者ということではなく、仏教や関係思想の内容や経過を学んで伝える研究者である。本書は、そうした研究者の立場で、「空海は何を説こうとした?」を語る一冊である。 仏教?多分、“仏”という境地に至ろうとする考え方と営為とのことなのだろうが、密教はその仏教の密教が成立する以前のモノを鳥瞰し、更に考えたことを加えて、より強く“仏”という境地を追及するというような…本書を読む限り「そういうようなこと?」と思った。 空海という人物の足跡や、“仏教”と括られるモノの経過や拡がりを概観し、空海が説いた「密教」というモノを少し考えるというような内容であったと思う。 興味深い出会いが出来た一冊だった。