実験科学から理論科学へ

本書で紹介されるイギリスの物理学者ロバート・フック(1635~1703)は、高校物理で習う「フックの法則」のフック、その人である。生物好きの方は、コルクの細胞構造をスケッチした人といえば思い出すだろうか。 フックは、アイザック・ニュートンより7最年長で、「体が弱く、工作好きであったというフックの少年時代は、未熟児で生まれ、機械工作を好んだニュートンの少年時代と、驚くほど似通っている」(40ページ)にもかかわらず、その伝記がほとんどない。肖像画すら残っていないという。ニュートンが王立協会に入ってくると、光学や反射望遠鏡、『プリンキピア』をめぐって両者の激しい対立が起きる。 フックが没すると、王立協会会長のニュートンは、フックが生涯の住処としたグレシャム・カレッジを引き払い、フックが製作した実験器具や肖像画を廃棄してしまったとみられている。それほどニュートンはフックを恨んでいたということだろう。 フックの人生を通じて、ピューリタン革命から王政復古、名誉革命を経てハノーバー朝が始まり、首都ロンドンはペストの流行や大火をくぐり抜け、大英帝国へ突き進むイギリスの歴史が見えてくる。 社会が変革期にある時には、すぐ実学に結びつくフックのような実験科学者が重用されるが、王政復古を経て安定期に入ると、ニュートンのような理論科学者が提示する哲学が大事になってくるのが、歴史の流れなのかもしれない。ニュートン個人の恨みより、歴史の大きな潮流が、1人の偉大な実験科学者を消し去ってしまったのである。