ミスリードの嵐で読者を混乱させておいて、やっと下巻後半からその真実が見えてくる。 最後まで読ませるけど、読み返してもみたけど、うーん、やっぱり一番大きなミスリードは書き方がフェアじゃないなぁ。月子を主体とした場合の地の文で孝太を“狐塚”と呼ばせるのはずるいと思う。 月子が恭司だけ着信音を違えているのも意味不明だし。 いや、最後まで読んでしまうんだけど。 読後「メジャースプーン」の一部を再読。、ぼくと秋先生が一緒に動物園に行くのが本書の二年後にあたると分かり、感慨深い。