私もひきこもりの身。どうしてこうなってしまったのか、思い当たる節が見事に書かれています。なかなか理解が得られないのがつらいところ。
いわゆる「主水シリーズ」の良いところをぎゅっと凝縮した、映画版必殺の最高傑作。何人かの仕事人が「殉職」しながら、泥臭いチャンチャンバラバラを繰り広げるのは、テレビ版では無かった見応え。エンディング曲に「やがて愛の日が」を採用したのは、ナイスチョイス!
これからの時代の生き方を示唆してくれているように思えてならないのだが、依然「犬型」中心の日本では、果たして…。先日も生きたままの子猫がゴミのごとく捨てられたというニュースもあった。ネコ型には生きづらい。自分が「ネコ型」のファーストペンギンになるくらいでないと。でも、そんな野心もないにゃ~、と思う私はホントに「ネコ型」なのか?
読むと「ここに書かれていることがすんなりと出来ないから、生きることに疲れて困っているんじゃないか!」と思う。すんなり受け入れられる人は、この手の本を欲しない人だろう。そんな人になれるかどうかは、誰のおかげではなく自分次第。要するに、虚勢を張っていい格好するな!ということ。他人に気に入られようとせずありのままの自分を受け入れろと言われれば気が楽になりそうだが、自分に正直すぎると面接とかで落ちまくるみたいなエラい目に遭いそうな気もする。あとは、病んでいる心を癒したいと思っている人よりも、心の病に対して理解がない人が、むしろ積極的に読むべき本かもしれない。
五十を前にコロナとは関係なく人の道を外れて職を失ったしまった自分を、どう建て直そうかと思って読んでみたが、毎度のごとく、「他人に迎合せず自分の人生を生きろ」という話を様々な例え話を交えて論じている。他人に迎合せずには再就職も出来なさそうなのに…。いや、他人に迎合しても再就職はできないのが、この中途半端な年齢なのか。就職にこだわらなければいいだけなのだろうが、何の取り柄もない。50を前に「自分は、虚勢を張って他人の目を気にして、他人から高評価を得ることを目的として生きてきたが、そんな生き方に疲れて限界を感じ、年甲斐のない悪さをして仕事を首になって、もうダメだとしか思えないこんなにウジウジしている人間だ。」ということを方々にアピールしながら生きていくしかないのか。気が楽だと言えば楽だが、本当にそれで素晴らしい幸せな人生が送れるのか?悩みたくないのに悩みたがっている、そんな図星をつかれて生きることに疲れている私。他人を気にするなと言いながら、他人と結び付かなければ鬱や神経症は治らないと著者は言う。確かに年齢は50近くだが、心理的年齢は恐ろしく幼稚な自分。分かっちゃいるけど何とやら、である。自分の人生を自分で何とかしなきゃいけないのはわかる。でも、誰かに助けてもらいたい。その「誰か」がわからないし、探して見つからないと思うと怖い。まさにわたしは著者の指摘の通りのうつ病者。しばらく葛藤は続きそうだ。甘ったれついでに、この本は「誰か」に読んでほしい。特に「うつ病者や神経症者になる人間の気が知れない」と思っている「誰か」に…。
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中高年がひきこもる理由ー臨床から生まれた回復へのプロセスー
私もひきこもりの身。どうしてこうなってしまったのか、思い当たる節が見事に書かれています。なかなか理解が得られないのがつらいところ。
必殺!3 裏か表か
いわゆる「主水シリーズ」の良いところをぎゅっと凝縮した、映画版必殺の最高傑作。何人かの仕事人が「殉職」しながら、泥臭いチャンチャンバラバラを繰り広げるのは、テレビ版では無かった見応え。エンディング曲に「やがて愛の日が」を採用したのは、ナイスチョイス!
「ネコ型」人間の時代(874)
これからの時代の生き方を示唆してくれているように思えてならないのだが、依然「犬型」中心の日本では、果たして…。先日も生きたままの子猫がゴミのごとく捨てられたというニュースもあった。ネコ型には生きづらい。自分が「ネコ型」のファーストペンギンになるくらいでないと。でも、そんな野心もないにゃ~、と思う私はホントに「ネコ型」なのか?
生きることに疲れたあなたが一番にしなければならないこと
読むと「ここに書かれていることがすんなりと出来ないから、生きることに疲れて困っているんじゃないか!」と思う。すんなり受け入れられる人は、この手の本を欲しない人だろう。そんな人になれるかどうかは、誰のおかげではなく自分次第。要するに、虚勢を張っていい格好するな!ということ。他人に気に入られようとせずありのままの自分を受け入れろと言われれば気が楽になりそうだが、自分に正直すぎると面接とかで落ちまくるみたいなエラい目に遭いそうな気もする。あとは、病んでいる心を癒したいと思っている人よりも、心の病に対して理解がない人が、むしろ積極的に読むべき本かもしれない。
心を満たす50歳からの生き方
五十を前にコロナとは関係なく人の道を外れて職を失ったしまった自分を、どう建て直そうかと思って読んでみたが、毎度のごとく、「他人に迎合せず自分の人生を生きろ」という話を様々な例え話を交えて論じている。他人に迎合せずには再就職も出来なさそうなのに…。いや、他人に迎合しても再就職はできないのが、この中途半端な年齢なのか。就職にこだわらなければいいだけなのだろうが、何の取り柄もない。50を前に「自分は、虚勢を張って他人の目を気にして、他人から高評価を得ることを目的として生きてきたが、そんな生き方に疲れて限界を感じ、年甲斐のない悪さをして仕事を首になって、もうダメだとしか思えないこんなにウジウジしている人間だ。」ということを方々にアピールしながら生きていくしかないのか。気が楽だと言えば楽だが、本当にそれで素晴らしい幸せな人生が送れるのか?悩みたくないのに悩みたがっている、そんな図星をつかれて生きることに疲れている私。他人を気にするなと言いながら、他人と結び付かなければ鬱や神経症は治らないと著者は言う。確かに年齢は50近くだが、心理的年齢は恐ろしく幼稚な自分。分かっちゃいるけど何とやら、である。自分の人生を自分で何とかしなきゃいけないのはわかる。でも、誰かに助けてもらいたい。その「誰か」がわからないし、探して見つからないと思うと怖い。まさにわたしは著者の指摘の通りのうつ病者。しばらく葛藤は続きそうだ。甘ったれついでに、この本は「誰か」に読んでほしい。特に「うつ病者や神経症者になる人間の気が知れない」と思っている「誰か」に…。