翻訳もの、上下巻に及ぶ大作、と躊躇する要素がある中、世間の評価を信じて購入。 人気シリーズの最新作の原稿を読み始めるという設定を描く冒頭は、こまかな演出を含めて楽しめました。 その作中作は、登場人物たちの各ストーリーがやや情報過多と感じました。 『そして誰もいなくなった』の書き方を意識したことは理解できますが、小さな謎ひとつひとつが消化不良のまま積み重なっていき、作品世界に没入するまでにはなりませんでした。 それでも、エンターテインメント小説として十分に楽しんで下巻に移ったことは確かです。
上巻でこれでもかとばかりに撒き散らされた作中作の謎の解明、伏線の回収-- を当然ながら期待して読むわけですが、しばらくは作中作を執筆した作家の死に関わるストーリーに付き合わされます。 これは好き嫌いが分かれるのではないかな。私自身は、もうおなかいっぱいという感覚になります。 そして、いよいよ全ての謎が解かれ、いちいちの小ネタがつなげられていくことになるものの、その「真実・事実」(その全体像)に至る「思考と説明」が説得力に欠けます。 ~だったに違いない、~としか考えようがない、という証明法はよほど論理学的に隙なく使わないと、フェアな謎解きにならないでしょう。 作家の死の問題も、原稿を利用したトリック一点だのみ。この長編を一手に引き受けるほどのトリックではないだけに、残念です。 原稿を読んだせいで人生が変わった、という上巻冒頭の主人公の大仰な前ふりも、結論と照らし合わせると普遍性のないものだったと分かります。 探偵の名前に込められたギミックなど、次元が低く、悪趣味で、まさに蛇足。 盗用された作品とオリジナル原稿の読み比べは、ストーリー全体から見て本当に必要だったのか疑問です。 クリスティへのオマージュかぁ。まあそうかもしれない。 ミステリを標榜せず、謎をはらんだエンターテインメント小説と銘うって、なおかつ無駄をそぎ落として仕上げられていれば、違う意味で楽しめたかもしれません。
成立年代と作品の時代設定から来る独特の言葉遣い、漢字遣いのため、さらには登場人物の目を通して語られる細かすぎる風景描写により、冒頭はのめり込みにくかった。 謎の提示が済んだ後の物語展開は、静かに、しかし畳みかけるようで、心地よい。 メイントリックは、すれっからしの読者とすれば物足りないだろう。 ご都合主義、舞台設定の必然性の弱さも気になる。 それでも、視点を変えながら重ねられていくだまし絵のはかない美しさは、読んで損のないものと言える。
館シリーズ最高傑作との呼び声にひかれ、上巻の読了から10日ほど経った休日に、一気に読み進みました。 適度な怪奇要素をさわやかに配しつつ描かれた事件背景。これをどのように収束させるのか、が注目ポイントの一つ。 由季弥の病の真実は。永遠の死と犯行の動機の関係は。 ...確かにきれいに説明は尽くされています。ただ、カタルシスを得るには至りませんでした。 メイントリックも、およその当たりがつくので衝撃度が高いとは言えません。 登場人物が多すぎること、展開がごてごてしていることがプロットの骨太感をそこねているのではないでしょうか。 沈黙の女神のくだりも、素晴らしいスパイスではありますが、蛇足に感じられます。 探偵が最後の真相にたどり着くきっかけ、プロセスもちょっとご都合主義的。 個人的には「斜め屋敷」の時計版、と名付けておきます。
館シリーズは発行順に読んだ方が楽しめる、と知りつつも全巻制覇にこだわりがないため、十角館の読後すぐ、シリーズ最高傑作と言われる本書へ。 ホラー要素はやや苦手な私ですが、交霊会、少女の亡霊などの道具立てはそれほどおどろおどろしいものでなく、リラックスして読み進められました。 旧館に閉じ込められた江南たちの話と、新館にいる島田潔たちの話が交互に語られますが、果たして時系列がこのままだと鵜呑みにして良いのでしょうか。 下巻が楽しみです。
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カササギ殺人事件<上>
翻訳もの、上下巻に及ぶ大作、と躊躇する要素がある中、世間の評価を信じて購入。 人気シリーズの最新作の原稿を読み始めるという設定を描く冒頭は、こまかな演出を含めて楽しめました。 その作中作は、登場人物たちの各ストーリーがやや情報過多と感じました。 『そして誰もいなくなった』の書き方を意識したことは理解できますが、小さな謎ひとつひとつが消化不良のまま積み重なっていき、作品世界に没入するまでにはなりませんでした。 それでも、エンターテインメント小説として十分に楽しんで下巻に移ったことは確かです。
カササギ殺人事件<下>
上巻でこれでもかとばかりに撒き散らされた作中作の謎の解明、伏線の回収-- を当然ながら期待して読むわけですが、しばらくは作中作を執筆した作家の死に関わるストーリーに付き合わされます。 これは好き嫌いが分かれるのではないかな。私自身は、もうおなかいっぱいという感覚になります。 そして、いよいよ全ての謎が解かれ、いちいちの小ネタがつなげられていくことになるものの、その「真実・事実」(その全体像)に至る「思考と説明」が説得力に欠けます。 ~だったに違いない、~としか考えようがない、という証明法はよほど論理学的に隙なく使わないと、フェアな謎解きにならないでしょう。 作家の死の問題も、原稿を利用したトリック一点だのみ。この長編を一手に引き受けるほどのトリックではないだけに、残念です。 原稿を読んだせいで人生が変わった、という上巻冒頭の主人公の大仰な前ふりも、結論と照らし合わせると普遍性のないものだったと分かります。 探偵の名前に込められたギミックなど、次元が低く、悪趣味で、まさに蛇足。 盗用された作品とオリジナル原稿の読み比べは、ストーリー全体から見て本当に必要だったのか疑問です。 クリスティへのオマージュかぁ。まあそうかもしれない。 ミステリを標榜せず、謎をはらんだエンターテインメント小説と銘うって、なおかつ無駄をそぎ落として仕上げられていれば、違う意味で楽しめたかもしれません。
湖底のまつり
成立年代と作品の時代設定から来る独特の言葉遣い、漢字遣いのため、さらには登場人物の目を通して語られる細かすぎる風景描写により、冒頭はのめり込みにくかった。 謎の提示が済んだ後の物語展開は、静かに、しかし畳みかけるようで、心地よい。 メイントリックは、すれっからしの読者とすれば物足りないだろう。 ご都合主義、舞台設定の必然性の弱さも気になる。 それでも、視点を変えながら重ねられていくだまし絵のはかない美しさは、読んで損のないものと言える。
時計館の殺人<新装改訂版>(下)
館シリーズ最高傑作との呼び声にひかれ、上巻の読了から10日ほど経った休日に、一気に読み進みました。 適度な怪奇要素をさわやかに配しつつ描かれた事件背景。これをどのように収束させるのか、が注目ポイントの一つ。 由季弥の病の真実は。永遠の死と犯行の動機の関係は。 ...確かにきれいに説明は尽くされています。ただ、カタルシスを得るには至りませんでした。 メイントリックも、およその当たりがつくので衝撃度が高いとは言えません。 登場人物が多すぎること、展開がごてごてしていることがプロットの骨太感をそこねているのではないでしょうか。 沈黙の女神のくだりも、素晴らしいスパイスではありますが、蛇足に感じられます。 探偵が最後の真相にたどり着くきっかけ、プロセスもちょっとご都合主義的。 個人的には「斜め屋敷」の時計版、と名付けておきます。
時計館の殺人<新装改訂版>(上)
館シリーズは発行順に読んだ方が楽しめる、と知りつつも全巻制覇にこだわりがないため、十角館の読後すぐ、シリーズ最高傑作と言われる本書へ。 ホラー要素はやや苦手な私ですが、交霊会、少女の亡霊などの道具立てはそれほどおどろおどろしいものでなく、リラックスして読み進められました。 旧館に閉じ込められた江南たちの話と、新館にいる島田潔たちの話が交互に語られますが、果たして時系列がこのままだと鵜呑みにして良いのでしょうか。 下巻が楽しみです。