二日半後に、我が家に届きました。迅速および丁寧な配達をありがとうございます。 商品画像にある通りの縦長の本ではなかったです。届いたら、手持ちしやすい、読みやすい、という気持ちでした。 文字は小さいです。振り仮名がビッシリと付けられてあるので、誤読は避けられます。良かった。 ちょびちょび読んでいく予定です。あくまでも、急がず、焦らず。 最初からというか、序盤の中の序盤といってもよい、辺りから、キリストの教えがあり、キリスト教信者も、キリスト教信者ではない方も、「ああ、この考え方は納得できる。」と、双方ともに思える文言もあるように思えます(推測)。 僕は、キリスト教信者のつもりでしたが、本書を読んでからは、精神が新たになり、従来してきた過ちにもフト気が付けました。まだ、ほんの数ページしか読んでないので、これからの更なる発見が、キリスト教信者として、楽しみです。
迅速な配達、配達員さんの丁寧さ、ありがとうございます。 内容は、事実を重んじなさい、ということ。例えば、本の感想文を書きたいと思えば、それが事実。実際に感想文を書いているとすれば、それが事実。しかし、書くべきと思うまでは良いものの、書かなくちゃ、もっと優れた人間にならなくちゃと、焦ってでもしているのは、事実ではなく、思想。その思想を持つのは事実ながら、思想で自分を矯正、固定化する自分が居るならば、それが思想であり、思想の矛盾であり、悪智である。 つまり、思想を持つのはいいものの、そうしなくちゃいけないという、言わば、思想本位、理想本位、気分本位は精神を悪化させる源になるわけです。 ただ、自分には思想がある、理想がある、気分がある、これだけでよろしい。何々があるから、だから、こうせねば、というのが悪智であり、精神を悪化させる。 本書は、精神をいかにするかが語られている、まさに精神の宝の山。
楽天市場さんで商品を購入するのが、毎回楽しみな人間から本書感想文をお書き致します。 僕はアパート住まいなのですが、とある住人から侵入的迫害(笑う?どうぞ)を繰り返されてきました。とある尊敬する方が言う「無視」をすることを日常的にしてきました。嫌な人間を無視して、音を敢えて僕に鳴らしてくるというバカ行為を辞めさせるためです。しかし、1年間くらい「無視」をしてきて、たしかに、「無視」をしないよりかはマシになった予感があります。ただ、たかが知れる程度の効果でした。なので、有害な対人問題はかなりの部分を残したまま精神的に僕は苦しんでいました。僕曰く「無視が無効化であればいかんせん!」と。そんな人生のなか、今日2024/09/16、本書が楽天さんから届きました。「読まないよりかはマシ。」と思い、外で読んでいたら、まさしく僕のことに似たこと、あるいは別のページでは同じことが書かれてある!と思いました。似ていると思ったページに僕は夢中になって読んで、その後はそのことについて咀嚼(そしゃく)するために思いに耽りました。つまり、ここで内容を書かずに感想文だけを書くと味が無い本当の感想文になってしまう。世間のように。なので、内容を書きます。つまり、これは僕流にアレンジした文章にはなりますが、人が「何々しろ」「何々だ」と言ってくるのは、それは相手からの要求や主張を自分自身が、つまり私たちが飲んでいるということ。「相手は悪くない。悪いのは自分である。」と思ってしまう。これでは、私たちのせいにする彼ら彼女らは助長してしまいますし、何よりも、彼ら彼女らと悪い意味において相性が良くなるということにもつながります。つまり、僕が本書から学んだことは2つです。この今書いた内容から学んだことで、更に加えるとすれば、「自分を信頼すること」嫌なことは嫌だと思うこと、「境界線に侵入させないこと」彼らを侵入させれば当然ながら内部にある私たちの心は良くも悪くも影響を受ける。悪いなら当然悪い影響を受ける。さて、既に僕なりに書きましたが、今書いたこと以外も書かれてあります。「人間関係とPTSDの両者の関係性(僕なりの表現になります。)」なので、治癒につながるヒントが目に見えるように書かれてあるので、まさに納得がいくヒント(答えかヒントかは、人によるのではないかと思うだけです。)が書かれてあるので、希望を持たれよ!
素晴らしい商品でしたし、楽天さんによる、その配達員さんも毎回変わらずに素晴らしい人でした。では、感想文を書きます。 本書は3つ4つのページに付箋を貼りました。そもそも僕は人との関わりのなかで「同調」をすることが嫌いでした。つまり、世間の人に阿(おもね)ることが「同調」であるとして、敢えて、同調をしないように、しないようにと努めてきました。その結果、同調を避けてきた結果、僕の人生はどうなったかというと、高校時代は途中までは僕に声をかけてくれて帰りの挨拶をしてくれた生徒もいましたし、親身に接してくれた女性の先生もいました。ですが、相手は悟ったのでしょう。「彼(ぼく)は自らの殻(から)に閉じこもって、私たちと交流をする意志は無いのだな。」と。今振り返れば、当時は彼ら彼女らは僕のことをそう見ていたのだろうと察します。その証拠に、声をかけてくれていた先生や生徒は僕に声かけをしなくなり、又、修学旅行での際に遊びの会にて僕に声かけをしなくてはいけなくなったら、その場の空気がヒンヤリと白けました。今でも、その冷めた空気を肌身に覚えています。当時は未熟な高校生の僕(未熟は他人ではなく僕でした。)ということもあり、「なぜ、周りは僕を避ける。僕は同調せず、群れず、正しい人だぞ。なのに、なんだこの白けた空気は。」と思っていました。今から振り返ると、いやいや、僕から相手に同調をしてこなかったのだから、相手も僕に同じく同調をしないで冷めた目で見るのは当然さ、と今は振り返ります。これから、様々な場所で、例えば飲食店然り、コミュニティセンター然り、アパート然り、様々な場所や様々な人に同調をして人間関係を築きたいです。こちらが独り異世界に居れば、当然周りと同じ世界には居れない。で、孤立感、孤独感を味わい、精神に悪影響をもたらす。精神病、中でも、PTSDを持って居る方は孤独は致命的なので、治癒をして安心して暮らしたいなら、本書を読みましょう。僕は読書家ですので皆さんにお伝えします。本書を読みたまえ、更には、本書のみで正解と思うなかれ。この2つをお伝えしたい。僕は福沢諭吉の本が僕の背骨を作り、その中で本書を読み、気持ちの中で本書の内容を上手く咀嚼(そしゃく)しました。であればレビューを見ている男性男子・女性女子諸君、健全な精神になることや、精神の病の治癒を孤独感がもしも妨げているならば、読書あるのみ。
素晴らしい本でしたし、楽天さんの配達員さんも相変わらず素晴らしかった。 で、本書の内容ですが、書きます。僕はPTSDなので買いましたが、PTSDは対人関係を極端に捉えます。敵か味方か。で、読んでたら、「これ、僕のこと!」という点が、上記のことや、それに類することが、まさに自分のこととして一致し、半ば反省をする想いにもなりました。つまり、「人間関係の悪化は、他人に非はない。人間関係の悪化は、僕に原因があるのだ。」と。そこから、希望を馳(は)せました。つまり、「じゃあ、人間関係を、いかに克服するか。」と。少し内容を挟ませてください。PTSDの最終的な治療、つまり、必須の治療法は人間関係にあります。孤独では真の意味で治癒が成り立たないというわけです。で、話を元に戻します。いかに人間関係を築くか、いかに人間関係を良好にするか、その方法は、過剰に「仲間、仲間、仲間」「味方、味方、味方」「つながり、親友」とかではなく、あくまで、その人が居る際のコミュニティの雰囲気を楽しみ、たまに部屋などに入って人がいたら挨拶をするにとどめよう、と思いました。わかりますよね、つまり、関係の構築を急がないということ、又、近すぎないということ、この2つだと思います。あるのは、程よい関係性です。 僕がこれからすることを書きます。僕はこれから地域のコミュニティセンターに入って、剣道なり、柔道なり、弓道なりに参加をしようと思います。つまり、人とのつながりで、PTSDの治癒のためです。それがまず第一歩。で、挨拶などを軽くします。過剰に仲間意識を持つことはやめて、あくまで、人が居る部屋の雰囲気を味わいます。無理して声かけもしないこと。 本書は他のPTSD(トラウマ)の本よりも、素晴らしく思いました。特に、人と繋がる点では、敵か味方か、極端な選択を無意識にしていた自分。これは大きな発見でもあり、反省を大いにしました。
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二日半後に、我が家に届きました。迅速および丁寧な配達をありがとうございます。 商品画像にある通りの縦長の本ではなかったです。届いたら、手持ちしやすい、読みやすい、という気持ちでした。 文字は小さいです。振り仮名がビッシリと付けられてあるので、誤読は避けられます。良かった。 ちょびちょび読んでいく予定です。あくまでも、急がず、焦らず。 最初からというか、序盤の中の序盤といってもよい、辺りから、キリストの教えがあり、キリスト教信者も、キリスト教信者ではない方も、「ああ、この考え方は納得できる。」と、双方ともに思える文言もあるように思えます(推測)。 僕は、キリスト教信者のつもりでしたが、本書を読んでからは、精神が新たになり、従来してきた過ちにもフト気が付けました。まだ、ほんの数ページしか読んでないので、これからの更なる発見が、キリスト教信者として、楽しみです。
森田正馬全集(第5巻)
迅速な配達、配達員さんの丁寧さ、ありがとうございます。 内容は、事実を重んじなさい、ということ。例えば、本の感想文を書きたいと思えば、それが事実。実際に感想文を書いているとすれば、それが事実。しかし、書くべきと思うまでは良いものの、書かなくちゃ、もっと優れた人間にならなくちゃと、焦ってでもしているのは、事実ではなく、思想。その思想を持つのは事実ながら、思想で自分を矯正、固定化する自分が居るならば、それが思想であり、思想の矛盾であり、悪智である。 つまり、思想を持つのはいいものの、そうしなくちゃいけないという、言わば、思想本位、理想本位、気分本位は精神を悪化させる源になるわけです。 ただ、自分には思想がある、理想がある、気分がある、これだけでよろしい。何々があるから、だから、こうせねば、というのが悪智であり、精神を悪化させる。 本書は、精神をいかにするかが語られている、まさに精神の宝の山。
対人関係療法でなおす5 トラウマ・PTSD
楽天市場さんで商品を購入するのが、毎回楽しみな人間から本書感想文をお書き致します。 僕はアパート住まいなのですが、とある住人から侵入的迫害(笑う?どうぞ)を繰り返されてきました。とある尊敬する方が言う「無視」をすることを日常的にしてきました。嫌な人間を無視して、音を敢えて僕に鳴らしてくるというバカ行為を辞めさせるためです。しかし、1年間くらい「無視」をしてきて、たしかに、「無視」をしないよりかはマシになった予感があります。ただ、たかが知れる程度の効果でした。なので、有害な対人問題はかなりの部分を残したまま精神的に僕は苦しんでいました。僕曰く「無視が無効化であればいかんせん!」と。そんな人生のなか、今日2024/09/16、本書が楽天さんから届きました。「読まないよりかはマシ。」と思い、外で読んでいたら、まさしく僕のことに似たこと、あるいは別のページでは同じことが書かれてある!と思いました。似ていると思ったページに僕は夢中になって読んで、その後はそのことについて咀嚼(そしゃく)するために思いに耽りました。つまり、ここで内容を書かずに感想文だけを書くと味が無い本当の感想文になってしまう。世間のように。なので、内容を書きます。つまり、これは僕流にアレンジした文章にはなりますが、人が「何々しろ」「何々だ」と言ってくるのは、それは相手からの要求や主張を自分自身が、つまり私たちが飲んでいるということ。「相手は悪くない。悪いのは自分である。」と思ってしまう。これでは、私たちのせいにする彼ら彼女らは助長してしまいますし、何よりも、彼ら彼女らと悪い意味において相性が良くなるということにもつながります。つまり、僕が本書から学んだことは2つです。この今書いた内容から学んだことで、更に加えるとすれば、「自分を信頼すること」嫌なことは嫌だと思うこと、「境界線に侵入させないこと」彼らを侵入させれば当然ながら内部にある私たちの心は良くも悪くも影響を受ける。悪いなら当然悪い影響を受ける。さて、既に僕なりに書きましたが、今書いたこと以外も書かれてあります。「人間関係とPTSDの両者の関係性(僕なりの表現になります。)」なので、治癒につながるヒントが目に見えるように書かれてあるので、まさに納得がいくヒント(答えかヒントかは、人によるのではないかと思うだけです。)が書かれてあるので、希望を持たれよ!
なぜ「孤独感」を感じてしまうのか
素晴らしい商品でしたし、楽天さんによる、その配達員さんも毎回変わらずに素晴らしい人でした。では、感想文を書きます。 本書は3つ4つのページに付箋を貼りました。そもそも僕は人との関わりのなかで「同調」をすることが嫌いでした。つまり、世間の人に阿(おもね)ることが「同調」であるとして、敢えて、同調をしないように、しないようにと努めてきました。その結果、同調を避けてきた結果、僕の人生はどうなったかというと、高校時代は途中までは僕に声をかけてくれて帰りの挨拶をしてくれた生徒もいましたし、親身に接してくれた女性の先生もいました。ですが、相手は悟ったのでしょう。「彼(ぼく)は自らの殻(から)に閉じこもって、私たちと交流をする意志は無いのだな。」と。今振り返れば、当時は彼ら彼女らは僕のことをそう見ていたのだろうと察します。その証拠に、声をかけてくれていた先生や生徒は僕に声かけをしなくなり、又、修学旅行での際に遊びの会にて僕に声かけをしなくてはいけなくなったら、その場の空気がヒンヤリと白けました。今でも、その冷めた空気を肌身に覚えています。当時は未熟な高校生の僕(未熟は他人ではなく僕でした。)ということもあり、「なぜ、周りは僕を避ける。僕は同調せず、群れず、正しい人だぞ。なのに、なんだこの白けた空気は。」と思っていました。今から振り返ると、いやいや、僕から相手に同調をしてこなかったのだから、相手も僕に同じく同調をしないで冷めた目で見るのは当然さ、と今は振り返ります。これから、様々な場所で、例えば飲食店然り、コミュニティセンター然り、アパート然り、様々な場所や様々な人に同調をして人間関係を築きたいです。こちらが独り異世界に居れば、当然周りと同じ世界には居れない。で、孤立感、孤独感を味わい、精神に悪影響をもたらす。精神病、中でも、PTSDを持って居る方は孤独は致命的なので、治癒をして安心して暮らしたいなら、本書を読みましょう。僕は読書家ですので皆さんにお伝えします。本書を読みたまえ、更には、本書のみで正解と思うなかれ。この2つをお伝えしたい。僕は福沢諭吉の本が僕の背骨を作り、その中で本書を読み、気持ちの中で本書の内容を上手く咀嚼(そしゃく)しました。であればレビューを見ている男性男子・女性女子諸君、健全な精神になることや、精神の病の治癒を孤独感がもしも妨げているならば、読書あるのみ。
愛着障害と複雑性PTSD
素晴らしい本でしたし、楽天さんの配達員さんも相変わらず素晴らしかった。 で、本書の内容ですが、書きます。僕はPTSDなので買いましたが、PTSDは対人関係を極端に捉えます。敵か味方か。で、読んでたら、「これ、僕のこと!」という点が、上記のことや、それに類することが、まさに自分のこととして一致し、半ば反省をする想いにもなりました。つまり、「人間関係の悪化は、他人に非はない。人間関係の悪化は、僕に原因があるのだ。」と。そこから、希望を馳(は)せました。つまり、「じゃあ、人間関係を、いかに克服するか。」と。少し内容を挟ませてください。PTSDの最終的な治療、つまり、必須の治療法は人間関係にあります。孤独では真の意味で治癒が成り立たないというわけです。で、話を元に戻します。いかに人間関係を築くか、いかに人間関係を良好にするか、その方法は、過剰に「仲間、仲間、仲間」「味方、味方、味方」「つながり、親友」とかではなく、あくまで、その人が居る際のコミュニティの雰囲気を楽しみ、たまに部屋などに入って人がいたら挨拶をするにとどめよう、と思いました。わかりますよね、つまり、関係の構築を急がないということ、又、近すぎないということ、この2つだと思います。あるのは、程よい関係性です。 僕がこれからすることを書きます。僕はこれから地域のコミュニティセンターに入って、剣道なり、柔道なり、弓道なりに参加をしようと思います。つまり、人とのつながりで、PTSDの治癒のためです。それがまず第一歩。で、挨拶などを軽くします。過剰に仲間意識を持つことはやめて、あくまで、人が居る部屋の雰囲気を味わいます。無理して声かけもしないこと。 本書は他のPTSD(トラウマ)の本よりも、素晴らしく思いました。特に、人と繋がる点では、敵か味方か、極端な選択を無意識にしていた自分。これは大きな発見でもあり、反省を大いにしました。