コンスタンティヌス帝を敬虔なキリスト教徒と思い込んでる人が読んだら怒り出しそうな内容ですね(笑) でも私にはとても納得がいきました。 「最初の中世人」でありながら帝国のキリスト教化をこの「大帝」は実に「ローマ人」らしい方法で達成したこと。 教科書で教えられている世界史がいかに一面的なものでしかないかがよくわかります。
滅び行くものの美しさ。この巻を読んでふとそんな言葉が浮かびました。 あれほども美しいコンスタンティヌスの凱旋門がローマ人同士の内戦(=殺し合い)の産物とは哀しすぎる。 これまでに2度見ましたがコロッセオとフォロロマーノの間という最高の場所に位置し コロッセオさえもこの門の引き立て役ではないかと思うほど美しいのがコンスタンティヌスの凱旋門だからです。 3度目に訪れる時自分は何を思うだろうと楽しみでもあり複雑でもあります。 もはや衰退する一方のローマ帝国の叙述なので「ハンニバル戦記」や「ユリウス・カエサル」のような 高揚感はありませんがコンスタンティヌスが覇者になったことが現代まで影響を与えているという 筆者ならではの大胆な指摘など読者をうならせるものがあります。
この巻は丸々1冊ディオクレティアヌス帝について書かれています。 そろそろ作者の語り口も淡白になってきました。遅読の私でも1日で読破しました。 それはこの時代のローマ帝国がその程度のものであったのか、 それとも作者がカエサルほどには思い入れを持っていないせいなのか・・・ いずれにしても史料不足なことだけは間違いないようですが。 内容はタイトルの「最後の努力」という言葉に凝縮されています。 ディオクレティアヌスは最善と思うことを実行したのです。 しかし良かれと思ってやったことが結局は最悪の結果を招いてしまう・・・某国の首相に読ませてやりたいです。いや本当に。
いわゆる「軍人皇帝」時代の後期についての叙述。「軍人皇帝」と一括りにされますが それぞれの皇帝ごとに個性や信念や施策も違うという当たり前のことを再認識させられます。 「歴史は細部を追うことでしか叙述できない」というポリシーの著者の面目躍如ですね。 「3世紀の危機」のこの時代、ローマ市民からかつてあった公共心が失われ皇帝も猫の目のように目まぐるしく変わります。 日本も国家元首が目まぐるしく変わってますよね(苦笑) 「民衆は自らに見合った統治者しか持つことはできない」と言いますが・・・まるで現代を見ているようです。
この巻で取り上げられているのは西暦235年から270年まで。いわゆる「軍人皇帝時代」に当たります。 しかし現れては消えていくといった感じの皇帝たちが全員軍人出身だったかというと決してそうではなかったようです。 北方蛮族の質が変わった(同時にローマ人の質も変わっていたのですが)ことにより苦戦を強いられる様は 現代のアメリカが「テロとの戦い」と称して中東を叩いているのに一向に効果が上がらないことを彷彿とさせます。 1800年も昔の出来事も他人事ではないのですね。
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最後の努力 下
コンスタンティヌス帝を敬虔なキリスト教徒と思い込んでる人が読んだら怒り出しそうな内容ですね(笑) でも私にはとても納得がいきました。 「最初の中世人」でありながら帝国のキリスト教化をこの「大帝」は実に「ローマ人」らしい方法で達成したこと。 教科書で教えられている世界史がいかに一面的なものでしかないかがよくわかります。
最後の努力 中
滅び行くものの美しさ。この巻を読んでふとそんな言葉が浮かびました。 あれほども美しいコンスタンティヌスの凱旋門がローマ人同士の内戦(=殺し合い)の産物とは哀しすぎる。 これまでに2度見ましたがコロッセオとフォロロマーノの間という最高の場所に位置し コロッセオさえもこの門の引き立て役ではないかと思うほど美しいのがコンスタンティヌスの凱旋門だからです。 3度目に訪れる時自分は何を思うだろうと楽しみでもあり複雑でもあります。 もはや衰退する一方のローマ帝国の叙述なので「ハンニバル戦記」や「ユリウス・カエサル」のような 高揚感はありませんがコンスタンティヌスが覇者になったことが現代まで影響を与えているという 筆者ならではの大胆な指摘など読者をうならせるものがあります。
最後の努力 上
この巻は丸々1冊ディオクレティアヌス帝について書かれています。 そろそろ作者の語り口も淡白になってきました。遅読の私でも1日で読破しました。 それはこの時代のローマ帝国がその程度のものであったのか、 それとも作者がカエサルほどには思い入れを持っていないせいなのか・・・ いずれにしても史料不足なことだけは間違いないようですが。 内容はタイトルの「最後の努力」という言葉に凝縮されています。 ディオクレティアヌスは最善と思うことを実行したのです。 しかし良かれと思ってやったことが結局は最悪の結果を招いてしまう・・・某国の首相に読ませてやりたいです。いや本当に。
ローマ人の物語 34 迷走する帝国 下
いわゆる「軍人皇帝」時代の後期についての叙述。「軍人皇帝」と一括りにされますが それぞれの皇帝ごとに個性や信念や施策も違うという当たり前のことを再認識させられます。 「歴史は細部を追うことでしか叙述できない」というポリシーの著者の面目躍如ですね。 「3世紀の危機」のこの時代、ローマ市民からかつてあった公共心が失われ皇帝も猫の目のように目まぐるしく変わります。 日本も国家元首が目まぐるしく変わってますよね(苦笑) 「民衆は自らに見合った統治者しか持つことはできない」と言いますが・・・まるで現代を見ているようです。
ローマ人の物語 33 迷走する帝国 中
この巻で取り上げられているのは西暦235年から270年まで。いわゆる「軍人皇帝時代」に当たります。 しかし現れては消えていくといった感じの皇帝たちが全員軍人出身だったかというと決してそうではなかったようです。 北方蛮族の質が変わった(同時にローマ人の質も変わっていたのですが)ことにより苦戦を強いられる様は 現代のアメリカが「テロとの戦い」と称して中東を叩いているのに一向に効果が上がらないことを彷彿とさせます。 1800年も昔の出来事も他人事ではないのですね。